■マコの傷跡■

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chapter 50



~ chapter 50 “父との溝” ~


ある日、兄夫婦と共に暮らす父が軽い怪我をして数週間入院する事になった。
母との溝をだいぶ埋めてからずっと、私は父とも昔の話をしてみたい、と思っていた。
母には母の事情や気持ちがあった様に、父には父の事情や気持ちがあるのだろう。
それを聞いてみたかった。
お見舞いに行った時、私は父に思い切って昔の事を聞いてみた。
「昔、養女の話があったでしょ?あの話って、結局どういう事だったの・・・?」

母と正式に離婚した後、伯母から「真琴を養女に出さないか」と言って来たそうだ。
その話を聞いて、父は最初断りたかったけれど、
男親一人で育てるよりも、両親がしっかり揃った裕福な家庭で育つ方が
娘は幸せなのかもしれない、と思ったんだそうだ。
“娘がこれから成人し、結婚していくのに俺一人の所に置いておくよりも、
女親の居る家庭で育つ方が相談したりするのに何かと娘は困らないのではないか・・・。”

嫁である母に出て行かれてしまった父は心身共に相当打ちのめされて
自分の自信を失ってしまっていたらしい。
子供にとって片方になったとはいえ、自分の親より別の夫婦の元で育つ方が幸せだなんて
基本的にはそんな訳がないと思うけれど、それでもそう思ってしまうほど、
あの頃 父は自分に自信を持てなかったのだろう。

私は心の中で何かが溶けていく感じがした。
あぁ、あの時私はもっともっと、子供でよかったのだ。
必死に大人になりたがって無理していたけれど、そのままの私で良かったのだ。
無理する必要なんてない、素直な気持ちをそのまま伝えればそれでよかったのだ。

「このままお父さんと一緒に居ちゃいけないの?他の夫婦の所へ行くのなんか嫌だ」と、
あの時どうして、すぐ父にそう言ってあげられなかったのだろう。
あの頃は私なりに必死に考えた結果だったけれど、「その人達に会って考えてみたい」
そう私に言われた時、父はきっととても悲しかっただろうと思う。

「あの時、私はここに居ちゃいけないのかなって思ってたから・・・。」
そういう私に父は驚いていた。
「そんな事ある訳ないじゃないか。お父さんは最後に真琴が
お父さんと一緒に居たい、と言ってくれてすごく嬉しかったんだ。
あぁ、だったら頑張っていかなくちゃ、と思ったんだよ。」
そう言ってベッドの上に居る父は寝返りをうつ振りをして後ろを向いた。
見えなかったけれど、泣いているようだった。

私が家出をしていた時の事も、父は、私が兄の事を恐れて家に帰ってない事を知らなかった。
そして入院中、私が父の所に1度も顔を出す事もなく母の家で暮らし始めたと知った。
ようやく私から病院に連絡が来たと思ったらお金の話をされて、父はきっと傷ついたのだろう。
父もまた、あの頃 気持ちにゆとりがなかったのだ。

人は皆、弱さを持っている。
それは親でも同じ事だと10年近く経ってようやく解った。
そうして、父との溝も埋まっていった。



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